助産院 ひがのぼれば

助産院
開業のご挨拶と自己紹介
ひがのぼればは、女性とその家族が安心して出産と育児を迎えられるよう支援することを使命としています。
助産師の専門知識を活かし、Reproductive Health Rights リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(性と生殖に関する健康と権利)を護り、心身ともに健康なライフスタイルを提案し、地域の女性たちの健康と幸福を支えます。
さらに、女性が健康で幸福であるために、そのパートナーや家族への支援を行いたいと思います。
私が助産師になりたいと思ったのは、20歳の頃、神奈川県立衛生短期大学の看護学生だった頃に遡ります。
子どもが好きで、保母さん(その頃はまだ保育士さんではありませんでした)になりたいとぼんやり考え
どうせなら、健康のことがわかる保母さんになりたいと看護を学びはじめました。
小児看護学実習に行き、病棟の中で家族と離れて懸命に闘病する子どもたちに出会いました。
その時、(生意気にも)お母さんがもっと賢くなって、病気にならないように育てられれば入院する子どもはいなくなるのでは?
そう思いついたのでした。そして母性看護学実習でのお母様方の大切に大切に子どもを育てたいという意気込みに触れ
妊娠中のお母さんへのかかわり、いやもっとその前の妊娠前の女性へのかかわりによって
"世の中から病気になる子どもはいなくなるのではないか"、くらい壮大なことを思い立ち
じゃあ助産師さんでしょと、短期大学を卒業後東京大学の助産師学校に進学しました。
助産師としてのスタートは、今はもうその役割を終えてなくなってしまった「神奈川県立母子保健センター」一択の就職です。
母子保健センターといいながら、産科単科の非常に分娩数が多く当時は専床率(ベッド稼働率)96%以上を維持という
自然分娩を行う産科では考えられない大忙しのところで、助産師の魂や技を注入され、身に付けました。
非常に多くの出産や赤ちゃんお母様との出会いがありました。
その後は、教育への関心や自分が専門職の基礎教育を短期大学で終えていることの中途半端さを解消するために
日本看護協会がもつ教員養成課程で1年、千葉大学へ編入学しています。
学生の身分となった数年でしたが、非常勤助産師として夜勤を行い、ここでも多くの事例と出会うことができています。
大学卒業後は、母校に戻り学生の教育に携わることになり、その後横浜市立大学短期大学部へ移り、
発展的に医学部看護学科となった横浜市大での大学教員生活の中で自分自身も出産や子育てを経験し、
子どもたちも大分大きくなった頃、埼玉に看護学部を開設することとなった
西武文理大学看護学部でのご縁を得て15年、教員としては定年を迎えることができました。
20歳の夢はあまりにも大きいものでしたし、いまではどんなに育児を頑張っても
子どもは病気や怪我をしてしまうことがあるということは、わかるようになりました。
それでもやはり助産師として実践家として女性が健康で幸せになることをお手伝いしたいと思い続け
教育の場にいながらもアドバンス助産師の認定を得て、いつかは実践の場にと
ようやく母子保健センターを退職するときの開業助産師になる夢を果たしました。
どうぞよろしくお願いいたします。
ひがのぼれば 院長 大賀明子
略歴・資格等
神奈川県立衛生短期大学卒業
東京大学医学部附属助産婦学校卒業
千葉大学看護学部編入学/卒業
明星大学人文学研究科教育学専攻修了(教育学修士)
山梨大学大学院医学工学総合研究部看護学専攻修了(看護学博士)
助産師/看護師/保健師
アドバンス助産師(認証番号21-0202537)更新済2026年12月まで有効
グリーフケアアドバイザー1級(認定番号17-0202009)
ほか
